近・現代
1868年4月11日(慶応4年3月19日)に神奈川奉行所および神奈川運上所は新政府軍に接収されて横浜裁判所となり
[慶応4年太政官布告第178 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー]、次いで同年5月12日(4月20日)には神奈川裁判所に改称された
[慶応4年太政官布告第178欄外 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー]。さらに、同年8月5日(6月17日)には神奈川府となり
[明治元年太政官布告第482 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー]、同年11月5日(明治元年9月21日)に神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comに改称された
[明治元年太政官布告第778 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー]。寺島宗則が神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comの知県事に任命された。半年余のうちに4度も機構変革・改称が行われたことになる。なお、神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.com史では横浜裁判所が設置された1868年4月11日(慶応4年3月19日)を「立庁記念日」としている
[県名の由来・立庁記念日 - 神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.com]。
設置当初の神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comは従前の神奈川奉行所・神奈川裁判所の事務を引き継ぎ、「六郷川(多摩川)と酒匂川の間、横浜から十里四方」の旧幕府領・旗本領の行政を担当するものとされた。概ね武蔵国の久良岐郡・橘樹郡・都筑郡および多摩郡の一部、および相模国の三浦郡・鎌倉郡・高座郡・大住郡・淘綾郡・愛甲郡に相当する。ただし、藤沢宿以西の東海道筋や相模川以西の諸村の一部事務を韮山県が担当したり、小田原藩や荻野山中藩、六浦藩(武州金沢藩)の管轄区域との調整などに関連して、現実の支配関係は錯綜している。
6月、神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.com域では、小田原藩・荻野山中藩・六浦(むつら)藩が版籍奉還を願い出た。全国的には中央集権化が進んだ。
1871年8月29日(明治4年7月14日)の廃藩置県の後、同年12月25日(11月14日)に関東地方の府県が統合・再編され、神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comの管轄区域は武蔵国のうち久良岐郡・橘樹郡・都筑郡および相模国のうち三浦郡・鎌倉郡とされた
[明治4年太政官布告第594号 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー]。また、相模国のうち境川以西の高座郡・大住郡・淘綾郡・愛甲郡・津久井郡・足柄上郡・足柄下郡の区域は伊豆国全域とともに小田原に県庁を置く足柄県に属するものとされた。これに対して神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comは、高座郡および武蔵国多摩郡が外国人遊歩区域に含まれることから従前の通り神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comの管轄とするべきであるとの上申書を政府に提出し、これを受けて当初は東京府と入間県とに分割されることになっていた多摩郡全域と、足柄県に属することになっていた高座郡とが改めて神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comの所属とされた。ただし多摩郡のうち東京の市街地に近接する中野村ほか31村(現在の中野区・杉並区)は1872年9月21日(明治5年8月19日)に再度東京府へ移管された
[明治5年8月19日太政官 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー]。この結果、多摩地域が神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comの管轄となり、相模川が足柄県との県境となった。
1876年(明治9年)4月18日には足柄県が廃止され、同県の旧相模国地域は神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comに、旧伊豆国地域は静岡県に編入された
[明治9年太政官布告第53号 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー]。この時点で、現在の神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comの原形が完成した。しかし、上からの行政区域の改編は地域住民の生活感情を無視するものとして、足柄県の廃止の後10年経過した1886年に、再興を願い出ている。
[西川武臣「国際社会への船出とかわる世の中」 神崎彰利・大貫英明・福島金治・西川武臣『神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comの歴史』山川出版社 2001年 270-271ページ]
1878年(明治11年)、郡区町村編制法により県内に横浜区および久良岐郡・橘樹郡・都筑郡・西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡・三浦郡・鎌倉郡・高座郡・大住郡・淘綾郡・足柄上郡・足柄下郡・愛甲郡・津久井郡の15郡が編成された(東京府管内の多摩郡は東多摩郡となった)
[神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.com管内図(明治24年) - 藤沢市教育委員会]。1893年(明治26年)4月1日、西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡が東京府へ移管され
[東京府及神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.com境域変更ニ関スル法律(明治26年法律第12号)]、現在の県域が確定する。その後1896年(明治29年)3月26日、郡制の施行に際して大住郡と淘綾郡が統合されて中郡となる。
近代には東京の外港都市となった開港場・横浜を中心に京浜工業地帯が形成され、商業・工業が発展した。
1923年(大正11年)9月1日の関東大震災(関東地震)では、小田原と三浦半島の直下が震源となったことから、大きな被害を受けた。また、当時としては珍しい大規模な都市計画が当時軍都であった相模原市で実施され、現在でも碁盤の目の道路などに名残が残る。
第二次世界大戦では、1944年(昭和19年)以降、横浜市を始めとする沿海都市が空襲や艦砲射撃を受けた。
東京湾の入口を制する横須賀市に置かれた横須賀港は戦前から日本海軍最大級の軍港であり、戦後もアメリカ海軍第七艦隊司令部や海上自衛隊自衛艦隊司令部が置かれている。また、相模原市・座間市に広がるキャンプ座間、綾瀬市・大和市に跨る厚木海軍飛行場、相模原市の相模総合補給廠、相模原住宅など、神奈川県 美容室・美容院検索 ヘアサロン.comには現在沖縄県に次いで多くの米軍関連施設が存在する。
2001年(平成13年)のアメリカ同時多発テロ事件の直後には各施設に厳戒態勢が引かれた。その後もセキュリティレベルは下がっていない。
県内の主要企業
<横浜市>
<(旭区)>
・高梨乳業
<(神奈川区)>
・日本ビクター
<(金沢区)>
・東急車輛製造
<(都筑区)>
・菊水電子工業
・図研
・パナソニック モバイルコミュニケーションズ
<鶴見区>
・千代田化工建設
・すてきナイスグループ
<(保土ヶ谷区)>
・古河電池
<(戸塚区)>
・小糸工業
・コナカ
・ニフコ
・あい・ホールディングス
・大倉陶園
<(港南区)>
・京急百貨店
・さが美
<(中区)>
・スリーエフ
・ノジマ
・ファンケル
・富士ソフト
・有隣堂
<(西区)>
・エバラ食品工業
・相模鉄道
・コカ・コーラ セントラル ジャパン
・コロワイド
・日揮
・日産自動車
・横浜銀行
<川崎市>
<(川崎区)>
・富士電機ホールディングス
・スパンション
<(幸区)>
・デル
・トイザらス
・三菱ふそうトラック・バス
<(高津区)>
・日本開閉器工業
・富士通ゼネラル
・文教堂
・ミツトヨ
<(中原区)>
・NECエレクトロニクス
・富士通
<相模原市>
<(緑区)>
・アルプス技研
<(中央区)>
・ノジマ
・オハラ
<(南区)>
・ブックオフコーポレーション
<その他の市>
<厚木市>
・アンリツ
・オーイズミ
・半導体エネルギー研究所
<綾瀬市>
・多摩川ホールディングス(多摩川電子)
<海老名市>
・アツギ
<小田原市>
・メガネスーパー
<茅ヶ崎市>
・アルバック
・東邦チタニウム
・宮田工業
<平塚市>
・神奈川中央交通
・日産車体
・平安レイサービス
<藤沢市>
・江ノ島電鉄
・相模ハム
・STEP
・元旦ビューティ工業
・東京ラヂエーター製造
・魚喜
<横須賀市>
・関東自動車工業
その他、NEC、キヤノン、富士フイルムなどの電機工業の研究所・グループ企業が立地する。